ユートピア「7話 迷子の行方」 「頼むよメフィスト、力を貸して欲しい。メフィスト2世ともはぐれたままだし、百目も早く助けに行かなきゃ。それに、人間界でまた大変なことが起こってるんだ」 「まあ待て、わしは腰がまだ治っとらん。まず落ち着いてだな」 「そんなのんびりしてる暇はないんだよ!」 普段は度が過ぎるほど穏やかな真吾にしては珍しく声を荒げ、メフィスト老に詰め寄る。メフィスト老はやれやれと腰をさすった。 「せがれを見つけるのは簡単じゃ。迷子用の札をつけとるからの」 魔界の定番商品じゃ。メフィスト老は笑い、真吾は目をぱちくりさせた。 「マイゴ……? マイゴって、迷子のこと……?」 あのメフィスト2世に、迷子用の術? 思わず真吾は迷子用の可愛らしい札を胸につけたメフィスト2世の姿(想像の中の彼はなぜか普段よりずっと幼かった)を想像してしまう。幸か不幸か、明晰かつ柔軟な頭脳を持つ真吾の想像力はたいそう豊かだった。笑っちゃ駄目だ。親友を笑うなんて最低だぞ。メフィスト2世が可哀想じゃないか。真吾はあくまで生真面目に自分自身をたしなめる。 真吾の葛藤をよそに、メフィスト老は懐から小さな紙切れを取り出すと何事かを呟いた。紙切れが白い炎に包まれ塵になる。ポップコーンが破裂したような小気味のいい音と共にもくもくと白煙が沸き、そして捜し求めていた懐かしい声が聞こえてきた。 「うわ、なんだよ親父。俺は迷子になっちまった悪魔くんを探してるんだ、遊んでる暇なんてないぜ」 メフィスト2世はぶつくさいいながらマントを華麗に一振りして煙を払う。 冗談じゃなく本当に迷子用の術なんてあったんだ。魔法って僕の想像以上に奥が深いんだな。今度ゆっくり学者に教えて貰おう。真吾は頭の片隅に素早くメモを取った。 「迷子はお前じゃろう」 「なにいって……って、悪魔くん! なんだって親父と一緒にいるんだよ、散々探し回ったんだぜ」 「だから迷子はお前のほうじゃろ」 懐かしいいつもの調子で息子をからかうメフィスト老に、真吾は思わずくすりと笑った。 「あ、いま笑ったな! いっとくが俺は迷ってなんかいないからな、迷子は悪魔くんのほうだろ!」 「ごめんね、メフィスト2世。でも今はそれどころじゃないんだ。百目が大変なんだよ。早く助けに行かないと――」 むきになって否定するメフィスト2世を真吾はなんとかなだめようとするが、メフィスト老は更なる追い討ちをかける。 「悪魔くんにもこれを一つやろう。せがれがまた迷子になったら使うがいい」 差し出されるまま素直に両手で受け取ると、メフィスト2世が顔を真っ赤にして食ってかかってきた。 「だから、俺は迷子じゃねえよ! 悪魔くんもなに受け取ってるんだよ、必要ないだろ!」 真吾はそっとメフィスト2世の両肩に手を置き、自分よりも少しだけ背の低い彼と目を合わせた。 「わかってるよ。ごめんね、僕が迷子になったのがいけないんだ。これはまた僕が迷子になってしまった時に使わせてもらうからね」 真吾特有のメシア然とした表情にメフィスト2世は声を詰まらせ動きを止めるが、再びメフィスト老は真吾の努力をふいにする。 「悪魔くんはひねくれたせがれと違って大人じゃのう。これ、止めんか」 「俺はもうそんなもんが必要なガキじゃねえよ、いい加減捨てろよ! 悪魔くん、親父は放っておいて百目を助けに行こうぜ」 「お前はまだガキじゃろうが」 暴れかけたメフィスト2世の首根っこを掴み、メフィスト老はこほんと一つ咳払いをする。 それにしても、と真吾は思う。メフィスト2世はまだふて腐れているけど、なんだかんだいって仲がいい親子だよな。見ている僕のほうまでまるで陽だまりの中にいるみたいに心がぽかぽかしてくる。それにメフィスト2世はあれでかなり情が厚い。今回の厄介な百目救出にも異論はないようで、真吾が頼み込むまでもなかった。そんなメフィスト2世の押し付けがましくないさり気ない優しさが真吾は好きだった。頼りがいのある親友にこの気持ちを率直に伝えるべく口を開きかけたが、賢明にも思いとどまる。ここで下手なことをいうとまた拗ねるかもしれない。 「さて、せがれがまた迷子になるといかんから、わしが案内してやろう」 「ありがとう、メフィスト。助かるよ」 待ってろよ百目、僕がすぐに助けにいってあげるからね。よおし、と張り切る真吾の隣で、 「だから俺は迷子じゃねえよ!」 メフィスト2世の叫びがこだましていた。 6話へ 戻る 8話へ 2007/10/31 真吾とメフィスト2世、迷子は一体どっちだったのか。深く追求するとメフィスト2世が暴れちゃいます。 なんだか最近ギャグモードになってきてしまった…… そんなこんなでかわいい二人組とメフィスト老の組み合わせも好きです! 迷子の迷子の子猫ちゃんならぬ真吾くんorメフィスト2世〜と例のあの歌が頭を駆け巡ってしまう! |