ユートピア「2話 髪切り魔」


 鼻先で通せんぼをしている情報屋に、参ったなあ今日はエツ子を迎えに行くつもりだったのにと真吾が辟易していると、嵐のようないつもの調子で彼は語りだした。
「悪魔くん、最近の目ぼしいニュースといえば知ってるかい? まず、商店街に新しい洋菓子屋さんが出来ただろう、それから、隣のクラスに臨時の先生が来たんだって。何でも前の先生が急に入院したらしいよ。そして更に、さる情報筋によれば明日抜き打ちでテストがあるそうだよ悪魔くん。そしてメインニュースはやっぱり最近この町を騒がせている髪切り魔だね! 何でも、髪の長い女性ばかりが次々狙われてるそうだよ。お金を取る訳でもなく、ただ髪だけを狙うんだってさ。その上、その被害者の髪とおぼしきものが、町のあちこちに捨てられてるのが見つかったそうだよ。ミステリーだねえ。まだまだあるぞ、最近の僕は調子がいいんだ……」
 なおも続けようとする情報屋に、真吾は少し罪悪感を覚えながらも適当な方向を指差して「キリヒトくんだぞ!」と叫んだ。


「わざわざ迎えに来てくれるなんて、お兄ちゃん最近なんだか心配性ね」
 可愛らしいアップリケがついたフェルトバックから、縦笛が小さく覗いている。エツ子の手を引いて家路を急ぎながら、真吾はそっと微笑んだ。春の風は温かく、こうして妹と二人手を繋いで歩いていると少しくすぐったいような、幸せな感じがした。
「お兄ちゃん、寂しいの?」
 真吾は僅かに肩を震わせた。
「うん……少しね」
 答えるまでのほんの一瞬の間に、照れ臭そうに真吾を見守ってくれていたメフィスト2世のマントを翻す時の優雅な仕草や、ころころと転がるように真吾の後を着いてきた百目や、十二使徒たちの懐かしい思い出が胸を駆け巡り、真吾は切なさに少し息苦しくなった。
「元気出して、お兄ちゃん。私も百目ちゃんや、メフィスト2世さんに会いたい。でもね、きっとまた遊びに来てくれるわよ、なんたってお母さんのラーメンは絶品なんだから」
「そうだね、みんな食いしん坊だったから。僕いっつもおやつを取られてたもん」
 くすくすと兄妹二人笑いながら曲がり角に差し掛かった時、ふいに何かが勢いよく飛び出してきた。大きなマスクで顔を隠していて素顔は見えなかったが、大柄な男だった。男はよろめきかけたエツ子を支えている真吾にちらりと一瞬目をやると、すぐに走り去っていった。男の来た方を真吾は恐る恐る覗き込む。
「お兄ちゃん……」
 エツ子を背に庇いながら近づいてみると、女が呆然とへたり込んでいた。綺麗な亜麻色のスカートが汚れてしまっているのにも気づかない様子で、わなわなと肩を震わせている。
「どうしたの? 大丈夫?」
 年齢にそぐわぬ大人びた優しい声音で呼びかける真吾に、女はゆっくりと顔を上げる。真吾ははっと息を呑んだ。元は長く美しかったであろう髪は、肩のあたりで乱暴に断ち切られていた。


 まだ小学生の幼い兄妹ということもあり簡単な質問を幾つかされただけで帰宅できた真吾は、夕飯もそこそこに自室へ閉じこもった。
 例の魔法陣と、今回の髪切り魔。なんらかの関係があるという仮定のもと、少し推理をしてみよう。真吾はごろりとベッドに横になった。
 髪はもっとも呪力がこもりやすい部位の一つだ。失敗続きの悪魔召喚に業を煮やした誰かが暴走した、のだろうか。だが普通に考えれば荒唐無稽な話だ。悪魔、魔術の存在をその身をもって知り尽くしている真吾だからこそこの可能性にいきあたっただけであって、普通ならこの二つを結びつける方が、不自然なのだ……。
 だがそうはいっても用心に越したことはない、やはり十二使徒の力を借りるべきじゃないか? 「悪魔くん」としての本能が再び警鐘を鳴らしていたが、真吾はもう少し様子を見てみようと決めた。あれからまだ半年余り、すぐに呼び出すのが気恥ずかしかったというのもあるし、何より人間の問題なら人間の力で解決すべきだと思ったからだ。
 ゆっくりと身を起こし、真吾はのろのろと押入れの戸を開けた。長いこと封印していた懐かしいタロットカードを慎重な手つきで並べながら、真吾は年相応の子供らしい不安げな声で呟いた。
「僕は、どうすればいいんだろう……」
 答えてくれる十二使徒は今はいなかった。

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2007/09/30

なんだか、密室殺人事件でも起こりそうな雰囲気になってきてしまった……! そして十二使徒はまだでてこないです。悪魔くんはもう少し悩むことになりそうです。今ちょっとずつお話を見直して微調整とかしてます。悪魔くんの迷推理炸裂中。ほんとはもっともっと賢いはずだとは思うけど、それじゃ話が進まな……いや真吾くんも迷う時があるかなってことで!