「再会の記憶」


 久しぶりに美味いラーメン屋を見つけたから、悪魔くんにも食べさせてやろう。
 魔界から岡持をぶら提げ、超特急で埋れ木家のベランダに降り立ったメフィスト2世は思わず声を上げた。
「おいおい、何だよこりゃ。部屋に嵐でも来たか?」
 足の踏み場もない程、部屋にはノートや本が散乱し、棚や壁に飾っていたお面や被り物までもが床に散らばっている。
 メフィスト2世の記憶の中にある真吾の部屋は、いつも綺麗に片付いていた。究極の六茫星について調べていた時は、あっちこっちに本を広げたままにしていたが、それ以外は真吾の性格か、母親がまめに掃除をしてくれるのか、とにかく部屋がぐちゃぐちゃになっているなんてことはなかった。お陰で自分と百目は真吾の幼い頃のアルバムを見つけることができたのだから。
「メフィスト2世?! どうしたんだい、何か事件……が、起こったわけではなさそうだね」
 机の引き出しを引っくり返しながら、真吾が「ちょっと待って」と言った。中身を床にばら撒いた引き出しを、中身同様床に放り投げ、ベランダのメフィスト2世に駆け寄る。
「ひさしぶりだね! メフィスト2世っ!」
「おう、久しぶりだな、悪魔くん!」
 互いに手と手をとり、しっかりと上下に振った。
 今度会ったらこんなことを話そう、あんなことを話そうと考えていたはずなのに、いざ会ってしまえば用意していた言葉なんて出てこない。
「ぼく、君に話そうと思ってたことがたくさんあったんだけど、忘れちゃった」
「奇遇だな! オレもだぜ」
 二人で笑い合ってしまえば、もうそれだけで十分だ。
「久しぶりに美味いラーメン屋を見つけたから、悪魔くんに食べさせてやろうと思ってさ。のびちまわないうちに食おうぜ」
「うん!」


「しかし、何でこんなに部屋がぐちゃぐちゃなんだ? 探しものか?」
 さっさとラーメンを食べ終えた、メフィスト2世が真吾に尋ねる。それに対して「そうなんだ」と短く返して真吾はラーメンを啜る。魔界のラーメンはいつも不思議な味がする。人間界にはない、何か特別なものを隠し味に使っているに違いない。
「調べたいことがあって、去年の日記を探してたんだ。それがどうしても見つからなくってさ……」
「去年の日記? 悪魔くん、日記なんてつけてたのか」
 喉の奥でパチパチと弾けるスープを一気に飲み干して、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。メフィスト2世が持って来た岡持に容器を仕舞いながら「何があったか記録をとっていると便利なんだよ」と答える。
 その日の天気、気温、湿度、魔法陣の数字の位置、召喚の結果。悪魔を呼び出すことに夢中になっていた日々は、遙か昔のようでたった一年前だ。
「見えない学校に忘れて来たのかな」
「これだけ探して見つからないんじゃ、その可能性もアリだな」
 小さく溜息を吐いて、真吾は立ち上がった。
「仕方ない……片付けよう」
「日記はどうすんだ?」
「見つからないってことは、今のぼくには必要ないってことなんだよきっと」
「そんなもんかねぇ」
 必死に探していたわりにはやけにあっさり諦めるもんだとメフィスト2世は納得いかなかったが、散らかったノートを片付け始める真吾を見て「オレも手伝うぜ」とステッキを振った。
 ふんわりと浮かんだノートと本は次々と本棚の元あった場所へと収まっていく。引き出しの中身も好き勝手に引き出しへと飛び込んでいき、満杯になった引き出しはゆっくりと机へ収まった。
「ほら、片付いたぜ」
 本棚は元通りだが、引き出しの惨状を思い出しながら「ありがとう」と真吾は笑った。何にせよ片付ける手間は省けた。
「それにしても、メフィスト2世は本当にラーメンだけを届けに来たの?」
 片付いた部屋で勝手に机の上のノートをぱらぱらと捲っていたメフィスト2世は悪戯ぽく「ししし」と笑った。
「悪魔くんには、そんなにオレは暇そうに見えるのか?」
 忙しそうには見えないけど。と、喉元まで出かかった声は飲み込んで「そうは思わないけど」と真吾は返した。東嶽大帝と戦っていたころだって、人間界に入り浸りだった。自由気侭が似合うメフィスト2世が、忙しそうにあちらこちらを飛び回っているだなんて、想像し難い。
「オレだって、親父がアレだからよ〜家のこととか、12使徒の務めとか、とにかく色々忙しいんだよ」
「そんなに忙しいのに、何でわざわざラーメンを届けに来てくれたの?」
 手に取ったノートには何も面白いことは書いていなかったらしく、ぽいと机の上に投げ、メフィスト2世はぽりぽりと頬を人差し指で掻いた。「いやぁ、そのよ……」と、言い難そうにしているのは、何か特別な理由があるからなのだろう。
「悪魔くんは覚えてないかもしれないけどよ……今日はさ」
 ぼそりと聞こえた声。
「去年の今日はさ……オレが、はじめて悪魔くんに会った日、だからよ……」
 覚えてるよ。君と初めて出会った日。
「うん。ぼくも、今日はメフィスト2世と一緒にいれたら嬉しいなって思ってたんだ」
 去年の日記を探していたのは、文字の中だけでも12使徒のみんなに会いたいと思っていたから。けれどもそれが見つからなかったのは、もしかすると日記がメフィスト2世との再会を感知していたからなのかもしれない。
 真吾の言葉に、メフィスト2世は「そうなのか」と笑った。
「それじゃあ、今日来て正解だったな!」
「うん、ありがとう。メフィスト2世」
 ラーメン美味しかったよ。
「忙しいのに、本当にありがとう」
 忙しいと言った言葉は嘘ではないらしく、さっさと岡持を持って、ふわりと浮かんだメフィスト2世に真吾は手を振る。
「もう行っちゃうんだね」
「言っただろ、忙しいってよ」
「また会えるよね」
 真吾の問いに、メフィスト2世は「おう!」と答えた。
 あっと言う間に小さくなってしまうタキシード姿を見送りながら、真吾は小さく「またね」と呟いた。黒い点が消えてしまったのを見届けて、真吾は机へと向かう。
 メフィスト2世が片付けてくれた引き出しを整理しようとしたときだった。
「あれ、これ……」
 どこにあったのだろう。あんなに探していたのに。
 机の上には去年の日記。
 パラパラと捲ってみて、ある日付で目が留まる。
 丁度去年の今日の日付。
「はじめて君と出会った日……か」
 悪魔は長生きするから、人間の時間なんて気にしないもんだとばかり思っていた。けれども、少なくとも自分の親友で第一使徒は自分と同じように、この日を大切に考えてくれていたようだ。
「……ありがとう、メフィスト2世」


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2008/9/27掲載

サイト一周年のお祝いに大神いつきさんから頂いた小説です! 無邪気な子供っぽさと紳士の顔を併せ持つメフィスト2世なりの友情の示し方にじーんときました……! やっぱり悪魔くんはこうあってほしい、というハッピーエンドの続きを堪能できてすごい幸せですv
ひとりでみるにはもったいないので、許可をいただいて掲載しました。
すてきな小説ありがとうございました!