「集まれ、我らが仲間よ」


 真吾は泣いた。泣いて、泣いて、夜が明けて、そうしてようやく落ち着いた。落ち着いたと思った。東嶽大帝を退けた喜びの後に待っていた十二使徒との別離は、思った以上に真吾の心をかき乱した。
 呼び出す気になればいつでも会えた。あの懐かしい、湿った土の臭いが充満する場所、指先がじいんと痺れるまで幾度も魔方陣を描き続けたあの場所、「悪魔くん」となってからはいわば彼らの小さな城となったあの場所。
 今すぐにでも駆けて行って、何百回となく描いた魔方陣を力強く描き、朗々とあの呪文を唱えればいい。

「もう大丈夫だと思ったんだ。乗り越えられたんだって。でも時々、真夜中に僕は押入れを開けるんだ。そこにはメフィスト二世はいない。僕の隣で布団を蹴飛ばしてぐっすり寝ている百目もいない。悪い悪魔が来たからと、夜中に叩き起こされることもない。おやつのラーメンを取り合うこともないし、もう死にそうに苦しい思いをして戦うこともない。それがたまらなく寂しいんだ。僕は今まで漠然と思っていた。この先、春が来て夏が過ぎて、秋になって冬が巡り、僕は大人になっていく。少し大人になった僕は、十二使徒と一緒に他愛もないことで笑ったり、時には辛い戦いをしたり……そんな日がずっとずっと続くような気がしていたんだ。僕の、大切な仲間たちと一緒に……」
 そこで真吾は声を詰まらせた。貧太がそっとティッシュを差し出すと、小さく肩を震わせながらちいんと鼻を噛んだ。真吾の呼吸が整ったのを見計らって、呟くように貧太は話し出した。

「僕はね、実を言うと君が羨ましかった。特別な力を持ち、特別な使命を持って、特別な絆で結ばれた悪魔達を使役する。僕はいつも生傷の絶えない悪魔くんを傍で見ていたのに。青い顔をして居眠りをしている君を見ていたのに。でも時々、どうしようもなく妬ましかった。そんな自分が嫌だった」
 俯き加減で語る貧太に、真吾はひまわりのように微笑んだ。真吾特有の、暖かい邪気のない笑顔だった。

「僕たちは、ずっと友達だよね、貧太くん」
「……うん。当たり前じゃないか」
 真吾はよいしょ、と反動をつけて大きく伸びをした。つられて貧太も首をこきこきと回す。あと何年か貧太が年を重ねていたなら、真吾の微妙な、本人すら意識していない思いを読み取ってこう付け加えていただろう。悪魔くんは皆のために力を使った、悪魔くんは偽善者なんかじゃない、メシアなんだと。君の願いは間違っていなかった、だからいつかきっと叶うよ、と。
「僕、ラーメン作るよ。貧太くん、食べるよね?」
 勢いよく首を縦に振る貧太にもう一度笑ってみせてから、真吾は転がるように階段を駆け下りていった。


 穏やかな夕焼けが町を包み込んでいた。真吾は記憶の中の仲間たちに心の中で敬礼をしてから振り返った。
「まさかこんなに早く会えるなんて思ってなかったよ、百目」
「だって、会いたかったんだもん……」
 少し照れくさそうに小さく舌を出してみせる百目に、真吾はそっと手を伸ばした。真吾より一回り小さい掌をそっと握る。
「会えて嬉しいよ、僕の大切な友達だもん。第六使徒である前にね」
 ぱあっと顔を輝かせて、百目は叫んだ。
「悪魔くん、僕みんなに会いたいんだもん! みんなを呼び出して欲しいもん!」
 唐突な願いに、真吾もさすがに目をぱちくりさせる。
「会いたい時はいつでも呼べばいいんだもん! 僕、悪魔くんが呼んでくれたらいつでもくるもん。ずっと待ってたんだもん! メフィスト二世は照れ屋だから、悪魔くんが呼ばないと会いにこれないもん! 他のみんなだって、そう思ってるはずだもん……」
「でも、さしあたって敵はいない今、そう軽々しく召還をするわけにはいかないよ」
「全然切羽詰ってないし用もないのにメフィスト召還に夢中になってたあの頃が懐かしいね、あっくまくん」
 横からひょいと顔を出した貧太に、真吾はわたわたと両手を振る。
「こら、今そういうこと言うなよお」
 沸き起こる暖かな笑いに、真吾はばつが悪そうに頭をかいた。
 もしかしたら自分は、物事を難しく考えすぎていたのかもしれないと真吾は思う。もしかしたら百目は、一人で抱え込む真吾の心を無意識のレベルで読み取っていたのかもしれない。僕たちは仲間で、友達なんだ。真吾は「悪魔くん」で「救世主」だけれど、それでもまだ子供だった。
「しょうがないなあ、百目は寂しがり屋なんだから……」
 本当に寂しがり屋で、温もりを必要としていたのは他でもない真吾自身だった。百目はただ、口実を与えに来てくれただけなのだ。彼はいつも傍にいて、真吾の心を癒してくれていたのではなかったか。思わずもれそうになった嗚咽をかみ殺し、真吾はよし! と両腕を天に伸ばした。

 慣れ親しんだ円よりも幾分大きめに描き、真吾は心地よく響く声で詠唱をはじめた。少年の細い、だが力強い両腕が軽やかに空を切り、正三角形、逆三角形、そして六芒星を形作る。

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり。集まれ、我らが仲間よ!」

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2007/09/22

初悪魔くん小説です。アニメ最終回がすごく寂しかったので、百目にもすぐ会えたことだしこの際みんなハッピーにいこう! という妄想のもと生まれました(笑)この小説、実は一回間違えて消去してしまって泣きをみました……しかも、ゴミ箱ならまだしも、shift+deleteで消してしまったためどうにもならず……一生懸命復元を試みましたが駄目だったので書き直しました。ちなみに最初は真吾の一人称でした。でも、結果的にこっちのほうがよかったかなあと思い直してみる。真吾大好きです。同士に読んでもらえたらうれしいです。タイトルはもちろん、集まれ、我らが仲間よ!メフィスト2世に続け〜のエンディングからとりました。