「戦友」


 俺たちはとりたてて仲良しではなかったが、険悪というわけでもない。メフィスト2世にとって最初ユルグはそんな微妙な存在だった。癇が強く、あれこれ人に指図されるのが嫌いで、奔放なところが似ているとよく言われるが、悪魔くんの一番の使徒は俺だとメフィスト2世は思っていた。それに俺のほうが強いと。悪魔くんの指示でコンビを組むことが多かったが、ユルグの攻撃力もなかなかのもので向かうところ敵なしだった。メシアの存在があったから、大きな衝突もせずにいままでこれたんだと俺は思っていた。
「メフィスト2世」
「なんだ?」
 澄ました顔のユルグに呼び止められ、メフィスト2世はマントを大きくひるがえして振り返った。
「大事なメシアがあそこでぶっ倒れてるぜ」
 なんてことはない、単に百目と戯れているだけだったのだが、からかわれているとわかっていてもメフィスト2世は飛びださずにはいられない。遠くでユルグが笑っている。俺が悪魔くんのことをあまりに心配しすぎるからってユルグがからかうんだ。まさか当の本人であるメシアに向かってそう訴えるわけにもいかず、メフィスト2世は時折むくれる。

 自分が甘やかされて育ったという自覚はあったので、十二使徒の一員になってからは我の強い自分を抑えられるようそれなりに努力もした。そのことは悪魔くんも気づいていて、さり気ない風を装って感謝されたので、俺はなんのことだかわからない振りをした。親父以外の誰かに手放しで褒められ、感謝され、愛情を示されることに慣れていないのだ。悪魔くんもそれがわかっているから、必要以上に言葉を重ねることはない。
 悪魔くんと俺は自他共に認める親友だったが、実際の戦闘の際コンビを組んで戦うことの多い仲間はやはりユルグだろう。そういう意味では一番の戦友と言える。

 幾多の戦いを潜り抜けるうちに、メフィスト2世はユルグに一目置くようになった。たまたま仲間になった悪魔から、安心して背後を任せられる相手、援護を求められる存在に昇格したのだ。

 悪魔くんの今回の指示はユルグと共に町外れの廃屋を見張ることで、いまのところなんの動きもなく退屈だった。メフィスト2世は月明かりの下ぼうっと突っ立って、眼前の古びたベニヤ板の壁を眺めていた。おしゃべりの相手としては寡黙なユルグはあまり適さない。
「暇だよなあ……」
 ぽつりと漏らすと、意外な言葉が返ってきた。
「暇つぶしになにかするか?」
「お、いいね。じゃあゲームしようぜ。コイントスなら簡単だろ。なんかかけようぜ」
 懐からコインを取り出すメフィスト2世に、ユルグは珍しくにやりと笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、だが金をかけるのはつまらん。悪魔くんにばれるとまずいしな。勝ったほうが負けたほうに質問をする、っていうのはどうだ? どんなことでも偽りなし、正直に答えるんだ」
「いいぜ、なんかおもしろそうだし。最初は選ばせてやるよ。どっちだ?」
「裏」
 メフィスト2世は指の先でコインを弾いた。回転しながら高く飛んだコインを手の甲で受け止め、もう一方の手で素早く蓋をする。ぱっと手をどけてみると、薔薇の蔦が絡みあう図面が見えた。裏だ。
「最初は俺の勝ちだな。じゃあ質問だ。はじめの頃、俺のこと嫌いだったろ?」
 ユルグの率直な質問に、メフィスト2世はシルクハットをかぶり直し目を泳がせる。
「あ―、いや、まあな。でも別に嫌いってわけじゃなかったぜ。好きでもなかったけど。いまは仲間だと思ってるよ」
「俺もそう思ってるよ」
 あっさり返され、メフィスト2世はなんとなく照れ臭くなり下を向いた。

「じゃあ次は俺な。表」
 手をどけてみると、薔薇の蔦が見えた。
「また俺の負けか」
 ユルグは少し考えてから口を開いた。
「次の質問は悪魔くんについてだ。もし悪魔くんがユートピア以外のものを求めたらどうする? たとえば世界征服とかさ」
「あの悪魔くんに限ってそりゃないだろ」
「俺もそう思うが、悪魔くんはまだ子供だ。あらゆるものから影響を受けやすいし、純粋な分傷つきやすい。目に見える形で暴走するならまだいいが、悪魔くんの攻撃性は滅多に外側に行かない。たいてい自分を責める。そう考えると思い余って世界征服でも企んでくれたほうがまだ慰めやすいかもな」
 思いがけないユルグの問題提起にメフィスト2世は即答できず、かなり迷ってから答えた。
「そうだな……俺も似たような不安を感じることがあるな。いきなり悪魔くんに、世界征服を目指してるから手伝えと言われたらどうすりゃいいのかわかんねえけど。でももしそう言いだしたとしても、それは悪魔くんの本心じゃないと俺は思うだろうな。なにかに追い詰められてて、助けてくれって言う代わりにそんなことを口走ってるだけだって。なあユルグ、俺は悪魔くんが好きだよ、だから悪魔くんが望まないことはしない」
「メフィスト2世。それは、いざとなったら悪魔くんを死ぬ気で止める覚悟だと解釈していいのか? それともその逆か? 第一使徒としてどんな道にも従うつもりか?」
「言っただろ、悪魔くんが望まないことはしないって。ユルグは悪魔くんのことを信じてるか? 悪魔くんが誰かを苦しめるようなことをすると思うか? 誰だって窮地に立たされればおかしなことも口走るだろうさ、でも悪魔くんの根っこの部分、本質は変わらない」

 普段思っても言えないことを口に出してしまった後の清々しさがその場を満たしていた。ややあって、ユルグが呟いた。
「馬鹿な質問をして悪かったな。俺だって悪魔くんのことは好きだ。メフィスト2世の言う通りだ。悪魔くんはある意味嘘つきだからな。死ぬほど辛いとき誰かに大丈夫かと聞かれると、大丈夫だと嘘をつくんだ。だから悪魔くんがおかしなことを言いだしたらまず疑ってかかるべきだな、悪魔くんはときどき嘘をつくから」
「そうだ、悪魔くんは俺たちがしっかり見てなきゃだめなんだ、でないと倒れるまで僕は大丈夫だって言い続けるんだからな」
「まったくだな。話せてよかったよ、仲間としてじゃなく友人として礼を言うよ」
 さらりと言ってのけたユルグに、メフィスト2世はほんの一瞬目を見開いてから答えた。
「先を越されたが、俺も礼を言うぜ。頼れる友人がいるのは心強い」

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2008/11/9

「ユルグと二世の友情」という、つくばの桃色鴉さんからいただいたリクエストです。第一使徒と第二使徒のコンビって燃えます。悪魔くん大好き大会になっちゃってますが、戦友、みたいな感じでお互いを認め合ってたらいいなあと思います! 悪魔くんはいろんな意味でときどき嘘をつくんじゃないかなって思いました。崖っぷちに追い込まれときには自分も周りも傷つけてしまったりもするけど、使徒たちはちゃんとそれをわかってあげてるといいなあと想像しちゃいました。